『曾我物語』諸本は、一般に、真名本・仮名本の二系統分類とされ、真名本を訓読した本文系統は真名本の下位に位置づけられている。しかし、その本文系統(真名本訓読本系統と称す)は、真名本・仮名本と併置すべき伝本群を有し、書承の面からも、また作品論の面からも、他の二系統とは独立させうる特徴を備えている。そこで、真名本訓読本系統の有する作品世界の特異性について明らかにしたうえで、本系統を『曾我物語』諸本の一系統として立て、さらに本系統の諸テキストをデータ化していきながら比較して、系列分類を試みた。真名本訓読本系統本文は真名本系統の本門寺本を書き下したものとされており、日本大学蔵本を最善本とし、他は末流本であるとするが、この二系列の間に中間形態を存する諸本の存在を明らかにし、三系列分類を提唱した。三つの系列のうち、鶴舞本系列の伝本群について、さらに細かい比較検討を加え、本系列の本文流伝の様相を明らかにした。 仮名本系統諸本のうち、未翻刻の円成寺本(筑波大学蔵)は、欠巻があるものの、その位置づけに定説を見ない。部分的に古態を残しているとされているが、本文には章段確立についての明確な意識が窺われ、当該本文の生成時期に関して検討の余地がある。今年度はこの円成寺本本文を詳細に調査することができ、仮名本『曾我物語』の一異本として興味深い本文を有していることが確認できた。来る年度において翻刻紹介するとともに、その本文に生じた改作・改編の背景を考察したい。 なお、仮名本諸本の調査を通して、長門本『平家物語』との関係について、もう少し詳しく調べてみる必要を感じるに至った。
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