本年度は前年度に行なった王立協会前後の基礎的なテクストの研究を踏まえ、それぞれのテクストを結ぶいくつかのタイプのネットワークに考察を加えた。このような研究によって、17世紀における「科学」言説の全体像を把握することが可能となった。具体的成果は以下の通りである。 1.時間的ネットワーク:主に王立協会での議論において、過去の研究が果たした役割を再検討した。従来の単純なスコラ哲学批判としての王立協会という図式を考えるのではなく、ネオプラトニズムなども加えた、以前の研究をどのように王立協会が受容し、それを未来にどのようなかたちで伝えていこうとしていたかを検討することによって、その限界と可能性を明らかにした。 2.空間的ネットワーク:イングランドという国家を他の大陸諸国から孤立した存在として扱うのではなく、大陸の科学者たちとの結びつきを考えることによって、どのような相互影響関係が存在していたのかを考察した。とりわけ、内乱期に積極的に紹介されたコメニウスを中心にして、教育機関のあり方、観察に基づく科学という思想がどのように形成されたかを明らかにした。それとともに、新世界との結びつきを考えることによって、科学の範囲の拡大を跡づけた。 3.仮想ネットワーク:最後に、「自然哲学者」たちがそれぞれ別個に研究を個人の力で行っていたという王立協会以前の状況から、どのような変化が生じたかを考察した。特に、「書簡」、「雑誌」というメディアがその際にどのような役割を果たしていたかを、ヘンリー・オールデンバーグによって公刊された王立協会の機関誌『フィロソフィカル・トランザクションズ』の成立状況などを中心に研究した。 以上のような研究から、王立協会が、スコラ哲学の残滓を継承しつつ、大陸からの知識の導入を踏まえるとともに、新大陸からの新奇なものをその研究範囲に組み込み、そして、研究者を個人から集団へと変容するかたちで、あらたな知の体系をつくりあげていこうとする過程と「科学」的な発想に基づくユートピア思想との接点を読み取ることができた。
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