現在はアンドレイ・ベールイの三部作『モスクワ』(『モスクワの奇人』、『打撃を受けるモスクワ』、『仮面』)を中心に研究を進めているが、この研究の成果は平成17年度中に発表する予定である。平成16年度の研究成果は、平成15年度の研究(ベールイの『ペテルブルク』における空間のイメージ、20世紀ロシア児童文学における人間)をまとめたものである。世界文学会で口頭発表し、論文にまとめた「絵本とプロパガンダ-1920-30年代ソ連の戦争絵本試論」では、20世紀前半のロシアの絵本のテクストという文学における兵士と子供の表象を研究した。研究に際して、絵本というジャンルだけでなく、同時代の美術、社会、政治に目配りし、絵本がメディアとして持っていた役割についても考察を行った。「都市の生・人の生、アンドレイ・ベールイ『ペテルブルク』における《夏の園》」(ロシア語論文)では、ベールイの代表作において、都市と庭園がどのように機能しているかという空間の詩学と、空間描写の中で重要な個々のモチーフ(葉、石)を考察した。「ペテルブルクの地霊-アンドレイ・ベールイ『ペテルブルク』」は、都市の神話と小説の展開のかかわりをまとめた論文である。「チェーホフと太宰治 日本の『桜の園』論」では、チェーホフの戯曲『桜の園』と太宰治の『斜陽』を比較し、日本とロシアにおける邸宅のトポロジーを考察し、両作品のトポスと小説の構造を比較研究した。両作品を比較した先行研究は多いが、この論文の特徴は、太宰の小説における重要なモチーフである葉(創作や人生のメタファーとしての葉)を、チェーホフとの関わりにおいて論じたことにある。
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