本年度の研究においては「ナラティヴにおける速度」という問題に焦点をあて、とくに舞台芸術や言語作品で盛んに使用されるスローモーションの技法に関する詳細な分析を行った。スローモーションは単なる皮相な意味での「効果」のための技法ではなく、その背後にさまざまな文化的コノテーションを隠し持った非常に興味深い表象の方法であり、今年度の研究ではとくに英詩におけるスローモーションに的を絞って集中的に研究を行った。その成果は雑誌「英語青年」10月号から6回にわたって連載された「英詩のスローモーション」という一連の論考で公にされている。本連載では初回の「Ezra Poundのゆっくりな植物」にはじまり、ミルトン、ワーズワス、スティーヴンズ、シェイクスピア、ダンといった詩人の作品をとりあげ、英詩において「ゆっくりになる」ことが作品成立においてどのような意味を持っているかを吟味した。論点としては(1)「ゆっくり」とは心の優位を示す身振りである、(2)「ゆっくり」が抒情詩において重要なのは、抒情詩がその起源において死者の追悼という要素を強く持っているからである、(3)「ゆっくり」は「少ない形式」による豊饒の表現という詩ならではの逆説的な縛りと深く関係し、近代特有の富の概念の表現となっている、といったことがあげられる。こうした考察を通し、そもそも抒情表現とは、人間の文化的営為においていったいどのような意味を持つものなのか、という問題へのアプローチの大きな手がかりが得られたと考えられる。
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