論文「ジョウゼフ・コンラッドと『ブラックウッズ・マガジン』-19世紀末のイギリス文芸と帝国主義-」においては、ヴィクトリア期から20世紀初頭のイギリスにおいて主要な文芸誌の一つであり、社会的な影響力もある程度持っていた雑誌『ブラックウッズ・マガジン』の19世紀末のバックナンバー、特にヴィクトリア女王即位60周年の1897年頃の号を繙き、そこに掲載されていたイギリスの植民地政策や外交政策についての論説(例えば中国人に対してイギリス人が取るべき態度や法制度について、自らの見聞を基に論じたエドワード・アーヴィングの論説「タイガー・マジェスティ(虎閣下)」など)を概観し、その論調を明らかにした上で、小説家ジョウゼフ・コンラッドの作品(特に、この時期の同誌に載った短編小説「カレイン」と比較し、さらに小説家アーサー・コナン・ドイルらの同時期の作品とも対照させることで、この時代のイギリスの出版文化と帝国主義の関係の一端を明らかにした。そして、海外で帝国主義事業を行う上で「現地の人々とうまく渡り合え、支配者として君臨できる人材」を「教育」する役割の一端をこの時代の出版文化が担っていたこと、出版社の経営者たちもそれを自ら意識していたことを示した。それと同時に、この時代のイギリスにおける帝国主義の言説が決して「一枚岩」的なものであったわけではなく、様々な文筆家たちがイギリスの海外進出に対して様々に考え、悩み、特に植民地の現地人に対して「支配的な人種」として振る舞うことへの戸惑いを抱えていたことをも示した。
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