本研究の目的は、「沈黙期」、とくに1905年頃から『若きパルク』を完成し文壇に復帰するにいたる1917年までのヴァレリーの思索を跡づけ、そこから得られた新たな知見をもとに『若きパルク』の新しい読解を提示することである。本年度までの研究によって、この時期のヴァレリーが、リボー、ベルクソン、ジャネなどにも顕著に見られる、反射理論と運動理論を大きくとりいれて思索を展開していたことが具体的に跡づけられた。従来、ともすれば孤独に独自の思索を展開したと考えられがちのヴァレリーであるが、実際には、当時の議論にきわめて意識的であったことが実証された。また、反射理論は、フロイトが精神分析理論を展開するにあたって出発点とした、神経生理学の基本的な枠組みであり、こうした反射理論を共通項にすえることで、単にヴァレリーを精神分析したり、そこにフロイトとの類似を認めたりするのではなく、同時代の知的風土のなかで、どのようにして問題を共有し、どのように個性的な答え方をしたのか、という視点から、両者を有意義に比較する地平が切り開かれた。本年度はさらに、以上のような『カイエ』の読解を『パルク』の読解へと接続し、数年にわたって制作されたこの作品が「沈黙期」のヴァレリーの思想をどのようなかたちで反映しているのかを明らかにする作業にも着手した。ひとりの文学者の思想はその作品と不可分である以上、思想家ヴァレリーと詩人ヴァレリーを本当の意味で統一的に把握することなしには、この時期のヴァレリーを理解したとは言えない。次年度も、この『若きパルク』というヴァレリーの代表作品をひとつの焦点として、このような方向で研究を続けていく予定である。
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