先に交付申請書に記したとおり、レフ・バクストに関する調査・考察を中心に研究を進めた。バクストは、20世紀初頭の重要な美術雑誌「芸術世界」の主力メンバーであり、またバレエ・リュスの最も有力な舞台美術家・衣装デザイナーである。このバクストを具体的な研究対象とすることで、彼と近い位置にあった同時代ロシアの象徴主義者たちの活動をも視野に収めることが可能となり、ジャンルを越えて展開された、この時期の広範で多様な芸術運動の基底にある身体と性に関する観念、そこに発現する時代精神について、従来の研究とは異なる角度から考察していくことができると考えた。 本研究においては、バクストの絵画や舞台美術はもちろん、美術史、モードに関する彼の論文やインタビュー記事を丹念に収集して分析する必要があり、これに取り組んだ。また、バクストが精力的に関与した雑誌「芸術世界」「金羊毛」「アポロン」の調査に集中的にあたり、これらの場に集った美術史家、舞台演出家、文学者、画家たちをつないでいたと思われる共通の理念について考察した。さらに、バクストの盟友の画家アレクサンドル・ベヌアの評論活動を丹念に追い、彼と同時代の象徴主義者たちとの幾つかの共通のテーマ(「芸術活動の共同性」や「伝統と個的な創造の関係」など)について考察した。 結果として今年度の研究テーマとして具体化したのは、バクストにおける「ギリシャ的なもの」の概念と広がり、ならびにバレエ・リュスを成立させるに至った19-20世紀転換期の身体観の問題である。これを2本の論文にまとめた(1つは3月公表予定、もう1本は投稿中)。また、全国学会(日本ロシア文学会)において発表(「レフ・バクストを基点に世紀転換期の身体観について考える」)を行い、さらに、事典の刊行のために2項目(「同性愛」の項と、象徴主義の詩人「ジナイーダ・ギッピウス」の項)を執筆した。
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