文献調査の具体的な作業の一つとしては、Paul Carusが編集していた雑誌The Open Courtの過去記事を調査し、釈宗演とJohn H.Barrowsらの論争の詳細を整理した。この論争は鈴木大拙著Zen for Americansに紹介されているが、大拙の著作ではその一部のみしか取り上げられていない。議論の争点は仏教における「ニルヴァーナ」の概念の解釈であるが、西洋文献学的な視点から議論するBarrowsに対して、釈宗演側は独自の宗論的解釈を述べている。この原稿をもともと執筆したのがCarusであることが別資料に記録されており、その事実関係を調査するとともに、Carusのこうした解釈がどの程度釈宗演の説教の影響なのか、あるいはCarusから宗演が影響を受けているのかについて確認する方法を検討中である。 文献調査のもう一つとしては、釈宗演の『四十二章経』講義の記録であるSermons of a Buddhist Abbot(Zen for Americans中に収録)の記述を高麗本『四十二章経』及びS.Bealの記述と照らし合わせて比較した。宗演の講義内容と高麗本との差異が著しいので。当初の予測通り、説法は禅宗系の守遂本に依拠していると推測されるのだが、記述の中にはそのどちらともつかないものもある。宗演独自の解釈部分を確認するためにさらに他の注釈書類の調査が必要である。 以上の文献調査に予想以上の時間がかかっており、いまだ未解決の問題も残るので、1月に予定していた学会発表は見送った。また、7月に予定していた「『蜘妹の糸』セミナー」については、共同で企画を進めていた同僚の健康上の理由のため来年度以降に延期した。
|