本研究は、ルーマニア語において特徴的な統語現象である目的語クリティックの重複、いわゆるクリティック・ダブリング現象を包括的に記述し、この現象に対して明瞭で妥当性の高い分析を提示することにある。本研究を遂行するにあたって最初に考察の対照としたのは、ルーマニア語において無標の語順であるSVOにおける直接目的語のクリティック重複である。まずこの語順における直接目的語のクリティック重複は、直接目的語が前置詞"pe"によって標示される場合に限られること、更に当該現象が随意的であることを提示した。次に、他言語において見られる当該現象がしばしば義務的であるのに対して、なぜルーマニア語において随意的であるかを理論的に考察した。その研究結果は、次ページに記す研究論文として公表した。 本研究の提示する説明は、ルーマニア語においてクリティック重複を許容する"pe"を主要部とする前置詞句は、通常の前置詞句とは異なり、自身の投射内に直接目的語名詞句と同一指示の代名詞クリティックを有するという統語的特徴を持っているというものである。そして、この代名詞クリティックが生起する代わりに、同じ役割を担う空の代名詞が生起するオプションが可能となると主張する。この代名詞クリティックと空の代名詞という二つのオプションが許されることによって、ルーマニア語におけるクリティック重複の随意性が説明される。更に、演算子が関与する疑問詞構文並びに関係詞構文における当該現象を観察することによって、本研究の分析の妥当性が検証された。 次年度の研究予定としては、直接目的語を前置する構文における当該現象に着目し、その分布を詳細に記述すると同時に、本年度に考察した無標の語順に対する分析を発展させ、上記の現象に明示的な説明を与えることを目標とする。
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