研究課題である日本語と露語の音韻現象のうち、今年度は次の2点について研究を行った。一つ目に、一年目に行ったロシア語の名詞アクセントの研究のうち、単数主格語尾-aを取る女性名詞のアクセントが示す変化の方向性について更なる分析を行った。二つ目に、日本語の方言に見られるアクセント体系の変化の方向性に関する調査を行った。このうち、一つ目のロシア語女性名詞の問題では、ストレス位置の変遷やゆれが観察される語の多くが、数・格による語形変化のパラダイムにおいて次のような方向で変化してきていることが明らかになった。すなわち、1.同じ形態の屈折語尾を持つ単数生格と複数主格との弁別がストレス位置の相違によって可能になる、2.単数のパラダイムと複数のパラダイムで異なる位置にストレスを持つようになる、3.単数・複数それぞれのパラダイムの中でストレス位置が均一になる、という3つの方向性が見られた。そして、最適性理論の枠組みにおいて、各形態素のアクセントにかかわる素性と実際の語形との対応を評価する忠実性制約、異なる入力が同一の出力を生じることを禁止する制約、同一の入力から異なる出力が生じることを禁止する制約の3つを仮定すると、こうしたパラダイムの変化のほとんどは、この3つの制約の階層における忠実性制約の下降によって説明されることが明らかになった。また、それ以外の、特に初期段階に当る変化は、個別の語形から生じており、これは制約階層の変化という体系的な変化ではなく入力形の変化として捉えられるべきものであることもわかった。この分析は平成17年8月に開催された音韻論フォーラム2005において発表し、また『音韻研究』第9号にも掲載されることになった。二つ目の日本語の問題については、東濃方言の音声資料を採取し、活用形におけるアクセントの均一性と共通語化の関係を明らかにした。
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