平成17年度は日本語の繰り上げ不定詞構文における補文目的語のかき混ぜ現象に焦点を当てて、A移動要素の意味解釈が移動操作の適用後に行われることを立証した。当該のかき混ぜ操作は強弱交差効果や再構築効果が見られないという点でA移動の一種と考えられる。一方、標準的なA移動では適正束縛条件(PBC)の違反が観察されないのに対し、問題となるかき混ぜ構文ではPBC違反が起こる。本研究では、この二つの性質について統一的な説明を与えることを目指した。 観察の結果、標準的A移動構文であっても、痕跡が主題役割を付与できない主要部(助動詞など)の投射内に生起する場合や、主題役割を持たない慣用句名詞要素の移動が起こる場合にはPBC違反が起こることが判明した。これは主題役割を持たないA移動痕跡のみがPBCに抵触することを示すものである。この観察結果から、繰り上げ構文におけるかき混ぜによって生ずる痕跡がPBC違反を起こすのは、かき混ぜの適用を受ける名詞句が基底の位置で主題役割を付与されないからであるとの分析を行った。 統語計算機構に投入された語彙項目は、解釈不可能素性が除去されかつ適正な主題役割を付与されて初めて解釈可能となる。かき混ぜを適用された名詞句の痕跡が主題役割を持たないということは、この痕跡に対して意味解釈が与えられないことを意味する。以上の考察をもとに、本研究では痕跡の意味解釈プロセスである再構築がA移動の性質を持つかき混ぜ構文で阻止されるのは、かき混ぜを受けた名詞句の痕跡が主題役割を持たないことに起因するとの結論を導き出した。
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