今年度は《融合形》の構成要素の一つである無強勢代名詞(以下「代名詞」とおく)に焦点を当て、統語・形態面から次の点について調査を行った。 1.代名詞が後接辞としての機能を発達させていったプロセスと時代背景について 代名詞は古典時代においては前接辞であった。現在のように後接辞として用いる形式が顕著に現れるのは黄金世紀以降になってからだとされている。しかし、今回の調査で、規範意識によって文献に残されることはなかったものの、新しい形式は黄金世紀には既にかなり広がっていたことが明らかになった。一方、《融合形》が急速に衰退していくのは黄金世紀の後半からであったことから、代名詞の語順が今日と同じ形式に固まったことが、《融合形》の消滅に何らかの影響を及ぼしている可能性があると考えられる。今後は不定詞を伴った構文における代名詞の分布なども調査し、《融合形》消滅と関連性をさらに探っていきたい。 2.代名詞についての文法家たちの記述の変遷 一方、代名詞についての認識が変化したのが、おおむね17世紀以降であることも分かった。それまでの記述の対象は形態変化のみに限られており、統語的観点から代名詞を記述したものはなかった。「代名詞は語であるのか」についての議論は残るとしても、黄金世紀に入って文法家たちが代名詞を「動詞の活用からは離れた別の存在」であると認識し始めたことは重要である。新たに記述の対象となったことによって、代名詞のパラダイムにある程度の整合性を与える傾向が強まり、そめ結果として《融合形》の使用状況も変化した可能性が生じるからである。この点についてもさらに多くの文献にあたり調査を続けていく予定である。
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