16年度はスペインのサラマンカ大学旧図書館のご協力を得て、《融合形》の構成要素である無強勢代名詞(以下、「代名詞」とおく)についての文法家たちの記述についての調査を行った。また、国内では主に統語的観点から動詞に対する代名詞の位置の変遷について調査、研究を行った。その調査結果は下記の通りである。 a)動詞に対する代名詞の配置の変遷は、主に次の3つの段階に分類できる。1)中世:代名詞は基本的に前接辞であり、代名詞の位置は、休止の位置と情報構造によって決められていた(文脈依存)。2)黄金世紀:代名詞の後接辞としての機能が発達し、最終的には代名詞の配置が休止の位置のみによって決定されるようになった(文脈依存)。3)現代:代名詞の位置は文法形式によって決定される(文法形式依存)。 b)日常の話し言葉で、代名詞の配置が文脈ではなく文法形式によって決定されるようになってきたのは17世紀の後半だと考えられる。これは当時の文法家の記述とも一致している。一方、黄金世紀には頻繁に用いられた《融合形》が急に用いられなくなるのもこの同じ17世紀である。代名詞が後接的な機能を発達させ、動詞の前にいわば"積極的に"立つことが出来るようになったことが、不定詞に代名詞が前接できることによってできる《融合形》が消滅する現象に影響を与えている可能性は高いと思われる。今後も定動詞、不定詞、現在分詞に対する代名詞の分布などを時代別に調査し、《融合形》の消滅との関係を深く探っていきたい。 c)これまでの研究から代名詞に対する文法家の認識が変化してくるのが17世紀であったことも分かった。代名詞を「動詞とは違う何か」と認識し、その位置が新たに記述の対象となったことによって代名詞のパラダイムにある程度の整合性を与える傾向が生まれ、その結果《融合形》の使用状況も変化した可能性がある。
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