本研究は、近代翻訳語の成立を明らかにする際によく参照される基礎的資料について、その編纂方法や成立事情を明らかにしつつ、そこに含まれている翻訳語の成立を明らかにしようとするものである。平成15年度の主な研究実績は以下の通り。 1.森島中良編『類聚紅毛語訳』附録『万国地名箋』(1798年序刊)について、その見出し語の約9割が中良の実兄・桂川甫周の編による『新製地球万国図説』及び『北槎聞略』所収地図に拠っていることなどを明らかにし、その編纂方法の解明に迫った。 2.箕作阮甫編『改正増補蛮語箋』(1848年刊)について、日本全国に現存する伝本の書誌を調査するとともに、いくつかの歴史的資料を参照することにより、その出版事情を明らかにした。 3.『改正増補蛮語箋』「火器」部について、その見出し語が杉田立卿等訳『海上砲術全書』(1843年成稿)から抜き出されたものであることを明らかにし、それに付されている図を参照することにより、より正確に見出し語の指し示すものが理解できることを指摘した。 4.幕末明治初期にはdesk(机)が「文庫」と訳されることが少なくなかったが、その訳語が、西洋のwriting deskの備えている「本などが中に入る」という機能に注目して与えられた訳語であったことを明らかにし、その論証の過程で、田中芳男訳『泰西訓蒙図解』(1871年刊)や弄月亭陳人抄撮『童解英語図会』初帙(1870年序刊)などといった絵入り単語集が大きな示唆を与えてくれることを示した。 5.国語学会春季大会に連動しで5月に大阪女子大学で行なわれた『大阪女子大学蔵洋学資料特別展示 洋学資料の稀本・珍本』について、展示の企画及び解説の執筆を行ない、近代翻訳語資料としても有益な洋学資料を広く学界に紹介するよう努めた。
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