本年度は、木簡や墨書土器などの古代の出土文字資料を中心に、日本古代における漢字文化の習得過程について検討した。具体的な素材としてはおもに2点に集約される。まず第1に、「出挙」(稲や銭の貸付)の際の帳簿作成や文書行政が、どのように行われたのかを検討することで、日本の古代社会において漢字文化や文書行政がいかに獲得されたかを考察した。出挙運営は、貸付と収納を帳簿に正確に記載しなければならない点で、文字を縦横に駆使しなければならない文書作成技術の習得のバロメーターといえる。この研究により、出挙に伴う帳簿作成が7世紀段階ですでにみえ、それが、8世紀以降の籍帳制の確立と相俟って出挙制が整備されたこと、こうした帳簿技術の獲得には各地域の「郡雑任」(郡の下級役人)の果たした役割が大きいことなどを明らかにした。第2に、古代の地方社会で出土する墨書土器の研究方法についての新たな可能性を模索した。周知の通り、日本列島の各地に文字が普及していくにあたり大きな役割を果たしたものの1つが墨書土器であるが、墨書土器を祭祀的な意味に結びつけることが多く、具体的な場面での使用方法や文字の意味についてあまり注意が払われることがなかった。本研究では、文献史料や出土事例をもとに、墨書土器が地方社会において具体的にどのように使用されたのかを考察した。この研究により、墨書土器の使用が共同体の儀礼と不可分な関係を持つものであることを確認し、墨書土器研究の新たな可能性を提示した。そして、列島各地における漢字文化の習得の背景に、各地域社会の共同体における大規模な儀礼が大きな役割を果たしていると考えた。調査・研究にあたっては、各地の調査機関や研究機関に赴き、出土文字資料の実見をできるだけ行い、実物の調査結果をもとに考察するという姿勢をとった。
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