本年度は、狩猟故実書の基礎的研究を行なった。まず、活字化されている狩猟故実書諸本と、宮内庁書陵部や内閣文庫、立命館大学図書館西園寺文庫、天理図書館、尊経閣文庫などの目録を対照し、どのような狩猟故実書がどのような機関に所蔵されているか確認した。そのなかで、圧倒的な数量を誇る宮内庁書陵部所蔵の鷹書(松平家旧蔵本・松岡辰方旧蔵本・桂宮旧蔵本など)から調査をはじめる。狩猟故実書『狩詞』『狩言葉<若州武田旧記>』、鷹狩故実書『鷹狩記<祢津流>』『鷹書才覚之巻』『鷹故実』『蒙求臂鷹往来』などを調査。写真(紙焼)により収集した。いずれも、今後、他の諸本と比較し、詳細に分析する必要がある。また、書陵部所蔵の「野行幸古図」なる絵巻も調査した。おそらく近世の写本(白描)であると思われるが、平安時代の王朝の鷹狩を描いた、きわめて貴重な絵画史料であることが判明した。 こうした史料調査と並行して、鎌倉・室町時代の古記録類を読み、故実書が形成された時代を考察している。そうしたなかで、つぎのようなことがうかびあがってきた。一般に、「公家故実」「武家故実」などと呼び分けられるが、狩猟故実の場合、15世紀以前に武家の故実書と呼べるものが見当たらない(しかし、巻狩も鷹狩も盛んに行なわれていたことは確実)。「武家故実」の原点とおもわれがちな将軍についても、摂家(藤原)将軍以降は狩猟をした痕跡がない。さらに、室町将軍もその初期(〜義満)には狩猟に関する史料が乏しい。一方で、鷹狩故実を脈々と受け継いでいたのは公家であった。13世紀の持明院基盛、14世紀の二条良基などが王朝の鷹狩故実を伝承しており、それは後世の故実書に影響を与えたと考えられる。これは、従来、ほとんど注意されていなかったことであり、今後さらに調査・検討をすすめる必要がある。
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