サンフランシスコ市で1910年代に展開された売買春問題論争を手がかりに、この議論がサンフランシスコひいてはアメリカ合衆国全体の政治文化構造の動態と深く結びつく様相を検討した。文化史cultural historyと広義の政治学politicsとを接合する足場づくりであった。 女性参政権運動の展開が「まっとうなアメリカ市民」の再定義をうながしており、ここにおいて多くのアクターは、十九世紀アメリカでは女性たちが優勢を占めていた領域にあえて参加することで、自らの政治文化的な権威の確保、構築、あるいは簒奪をはかった。ただし、その試みの帰趨は、従来の歴史像から想定されるほど単純でなかった。なかでも、「科学的であること」がひとつのカギであったが、その「科学」の内実自体がジェンダーを軸とする政治文化過程の産物であるのを見いだせたのが興味深い。政治文化秩序は、この時期その深層でむしろ不安定化していくと思われる。 本研究はいくつかの局面で展開されていった。第一に、サンフランシスコを中心とする政治文化構造の動態分析。カリフォルニア歴史協会、カリフォルニア大学図書館、スタンフォード大学図書館はとりわけ豊かな史料を提供してくれた。第二に、その状況をニューヨーク市での状況と対比させながら、いわゆる米国史の文脈で政治文化構造のあり方を再検討する局面。そして第三に、ロンドンおよびワシントンDC(連邦政府史料)という参照地点。今回の研究では十分に調査するにはいたらなかったが、次の展開を準備するうえでもきわめて有用であった。 二年間プロジェクトの最後にあたる十六年度は、史料分析と、スタンフォード大学図書館とニューヨーク医学アカデミー図書館での調査、および国立公文書館(ワシントンDC、メリーランド・カレッジパーク〜での補足調査とを実施した。
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