1 一般的に近世スウェーデン王国は、16世紀初頭のカルマル連合からの自立によって高度な国民統合を実現した国家として解釈されてきたが、昨今のスウェーデン史学界ではスウェーデン国家の複合性が議論されるに至っている。本年度は、スウェーデン渡航の結果得られた最新のスウェーデン史学界における「複合国家」論の知見を踏まえ、17世紀後半にスウェーデンへ併合されたスコーネ地方の民衆反乱を例に、地方社会における帰属意識の重層性を確認した。この成果はIDUN第15号に「バルト海帝国とスコーネの「スウェーデン」化」として発表された。 2 本年度は、スウェーデン南部のスコーネ地方を例に地方社会の重層的な帰属意識を解明する目的に立って、1658年にスウェーデン・デンマーク間で締結されたロスキレ条約から1662年にマルメーで開催されたスコーネ地方の住民集会までのスコーネ併合論へ検討を進めた。ここではスウェーデン中央の併合策に対するスコーネ住民の伝統的な価値観の継続性が確認され、この点からも近世スウェーデン国家における複合性が例証される。この知見は、2004年に公刊されるIDUN第16号に発表される予定である。 3 以上のように17世紀スウェーデンにおいては国家像の複合性が確認される一方で、大北方戦争の敗北により軍事国家体制が崩壊した18世紀以降はスウェーデン全体に「祖国」概念が流布し、各地域社会の帰属意識のなかに一義的な「スウェーデン」概念が作り上げられていく。本年度は、近世スウェーデン国家の複合性が近代社会へ向けて変質する過程を射程に含め、18世紀の王国議会における言説分析を通じて「祖国」概念が具体化する過程に分析を広げた。この視角に関しては来年度以降の検討も必要であるが、現時点で得られた成果については2004年4月に予定されているヨーロッパ近世史研究会での報告を踏まえ、2004年中の論文投稿を計画している。
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