研究概要 |
本研究は,イングランド中世初期(アングロ・サクソン期)農村社会の展開を,荘園制の成立を軸に,長期的視点から追究するものである。具体的には,7世紀から11世紀のウスター司教座所領を対象として,その展開を動態的かつ立体的に把握することを目的とする。 この目的を達成するために,本年度は,以下の2点から検討を進めた。 (1)著名司教による所領政策の追跡 ウスター司教座において,有力司教としてその所領経営に携わったウルフスタン一世(在位1002-16年)に着目した。大英図書館での調査で得た最新の研究からは,彼が,伝来するイングランド最古の文書集Liber Wigorniensisの編纂を指揮した点,またこれを実務的に用いることで,在地小領主の圧力から所領を保護しようと努めた点などが確認できた。文書集を用いた所領管理は当時としては画期的であり,ウルフスタンがこうした手法を採用したことは,アングロ・サクソン後期での所領経営の積極化という,研究代表者のこれまでの主張を裏付けるものといえる。以上の知見に基づき,現在は,文書集の内容とそこに収められずに伝来した文書との比較から,文書集作成の意図をさらに明確にする作業を進めている。 (2)中世初期大陸農村史との比較 研究の視野を広げるために,カロリング期フランクの所領経済に関する研究動向を追跡した。カロリング期所領は、従来、典型的な荘園制が展開した場として、自己完結的なイメージで語られる傾向が強かった。しかし最近の議論では、この時期の荘園制経済において流通がきわめて重要とされ,周辺社会との活発な交流が強調されてきている。この新しい動向は,アングロ・サクソン後期に自給自足的な所領が形成され、それが荘園制の成立を促したとするイングランドの議論に対しても、再検討を要請しているといえよう。 この成果は,「中世初期社会における教会大所領の位置づけをめぐって-アングロ・サクソン史研究の視点から-」『西洋史学論集』第42号(2004年)として発表した。
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