本研究は、更新世末から完新世初頭にかけての北海道東部における石器石材の入手・選択過程の復元を通じて、石器群のライフ・ヒストリーを明らかにする方法を確立し、それにもとづいて人間集団の行動形態を解明することを目的として計画された。本年度においては、第一に、十勝平野周辺で石材分布調査をおこない、硬質頁岩、安山岩、チャート、泥岩、メノウの岩体を確認し、その産状を記載した。これらの石器石材は、北海道で石器石材として主に利用されている黒曜石と比較して、採集地はもとより、消費形態についても基礎的な記載がおこなわれることは、これまでほとんどなかったものである。分布調査によって確認した岩体から産出される岩屑・角礫のなかには、十勝平野内の遺跡で石器石材として使用されているものとの間に石質が類似しているものがあり、これにより採集地を具体的に推定することが可能となった。これまで北海道東部の硬質頁岩は、北海道南部から集団間の交換に伴って持ち込まれたものであると考えられてきたが、十勝平野周辺での石器石材の分布およびその産状を見る限り、十勝平野周辺域を周回域とする移動活動の過程で、これらの石器石材が採集されている可能性が高い。第二に、十勝平野内の遺跡を主な対象として、更新世末の段階での石材消費形態の特徴を把握する作業を実施した。完新世初頭の段階との差異を把握することが重要と考えたからである。具体的には、当該期に属すると考えられる石器群を対象として、定量的属性分析の手法によって石器製作技術の復元を試み、そのなかで黒曜石を含めた様々な石器石材を用いた遺跡内における消費作業内容・消費作業量の把握をおこなった。その結果、十勝平野内で採集される石器石材を主に利用している遺跡と、他地域からもたらされた石器石材も多く利用されている遺跡とがあることがわかった。前者に関しては、遺跡によって消費作業内容・消費作業量に強い変異があり、十勝平野を周回域とする移動形態がその変異の表出を規定している可能性が提起された。後者の遺跡は、更新世末の段階において地域間をまたがるような長距離移動がおこなわれていたことを示している。今後は、完新世初頭の段階の石器群を分析し、更新世末の段階との差異を明らかにしたい。また、石器石材分布調査についても調査対象域を広げ、より妥当性の高い採集地推定が出来るようデータを集積していきたいと考える。
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