平成15年度は、通算6週間ほどのフィリピンにおける現地調査、資料収集と分析を行った。それらを通して、次年度以降の研究の発展のための基本的資料と理論的視座を得ることが本年度の作業の目的であった。フィリピンにおいては、首都マニラにおける大学等研究機関における文献資料収集、研究者との意見交換などを行うとともに、中部ビサヤ地方に位置するセブ州にて、インタビューを中心とする民族誌的一次資料の収集を試みた。 具体的には、本年度は従来から調査を進めてきたビサヤ漁民による島嶼間マイグレーションとネットワーク構築に関する補足的聞き取りと確認を行い、海域東南アジア社会の生計戦略の一端を示す本研究事例のさらなる明確化を試みる作業を行った。さらに、新たな展開としては、ビサヤ民俗社会に遍在する力の民俗観念の諸相に注目し、そこから導き出せるマイグラント達の社会関係とアイデンティティに関する予備的考察を行った。 その様な諸観念として、個・人格に内在する力の観念を示唆する「ドゥガンdungan」の観念、あるいは民俗信仰のレベルにおける他者表象の中に読み込まれる力の観念としての「ガフムgahum、カラキkalaki」などに注目し、マイグラント達が移動の過程にて出会い、再発見する様々な階層構造に属する他者との相互行為、そこでの力関係とネゴシエイションから醸成されるアイデンティティ構築に関して考察を行った。 これらの基礎的資料と予備的考察のもとに、一方においてアイデンティティ構築の日常的実践に従事する行為主体、あるいはエイジェンシーとしての人々と、他方におけるグローバリゼイションや資本主義システムの進行などによって生成・持続する差異の構造とそれを支える制度という、いわば主体と構造の相互浸透性、あるいは再帰的アイデンティティ構築の実践を、具体的な民族誌的状況に即して考察してゆく事が次年度以降の目標となる。
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