本年度は、現代社会における社会運動の存立構造の理論的分析と、広い意味でのクレーミング/権利主張/法使用の実態の把握とを行った。 まず前者については、グローバル化する社会における普遍的な規律権力の浸透を「帝国」という概念で描出したネグリ=ハート『帝国』(以文社)の議論を導きとし、彼らが提示する帝国への抵抗の形が自閉的で自己満足的な自己称揚に陥らざるを得なくなっていることを指摘し、現代社会における社会運動が根源的に持つ限界の本質にアプローチした。この作業の結果は、業績にある「マルチチュードの(不)可能性」という論文に結実した。また、「マンション建築紛争と「コミュニティ」」は、この知見を現代日本のマンション紛争に応用して、具体的に論証したものである。この角度からの理論的探究は、アガンベン『ホモ・サケル』の検討などを通じ、継続中である。 後者については、金銭紛争に巻き込まれたある個人に対する面接調査を行った。都市社会において孤立した個人が、家族、友人、職場、支援者といった準拠集団に偶然的に翻弄されながら、紛争行動決定をしている様子を把握できた。そこから、社会運動集団の形成が、決して自然で容易なことではなく、むしろ先述した普遍的規律権力により阻害されがちであること、また、それが得られるリソースも偶然的要因に左右されがちであること、という知見を仮説的に得たが、この経験的検証は今後の課題である。
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