サイバースペースにかかわる法的課題をめぐって、先進的な対応が試みられてきたアメリカのみならず、欧州諸国でも大きな展開が見られる。例えば、現地調査を行ったオギリスでは、近年、ネット上での名誉毀損発言をめぐるプロバイダー責任に関する判例、あるいは個人データ保護や電子商取引に関するEU指令の下での国内法整備の動きなど、関連する個別領域における裁判例の増加や争点の多様化、制度整備が進むとともに、これら個別領域の諸問題を領域横断的・総合的に捉えようとする「インターネット法」ないし「情報技術法」といった新たな研究領域が認知されつつあり、そこでは本来的に国境を越える情報流通が対象となるために比較法的考察が重視されている点など、本研究課題に共通する問題意識と研究動向を見出すことができた。 また、本研究課題が「サイバースペース法」の理論的体系化の手掛かりとしている表現の自由の基礎理論研究に関しては、アメリカの表現の自由にかかわる20世紀初頭からの連邦最高裁判例をはじめとする判例・学説の包括的な分析作業を通じて、今日のアメリカにおいて、リアルワールドと同様にサイバースペースでも表現の自由を手厚く保障している合衆国憲法第1修正は、20世紀中頃以降の枠組みの構造変化と価値原理が基盤になっていることを析出するとともに、こうした構造変化のなかで、表現の自由の「理論」ないし「哲学」を活性化させた、自由な言論の過度にみえるほどの「拡大」に対する疑念と法的対応をめぐる不確実性やコンフリクトという社会事実的条件が、翻って、インターネットが急速に普及して多様な言論がしばしば規制の外で叢生するといった1990年代半ば以降の日本社会にも見出せることを明らかにし、かつ、そうした局面での表現の自由の価値原理の考察の意義と方法を明らかにした(詳細は、研究発表欄の拙稿「表現の自由論のメタモルフォーゼ」を参照)。
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