本年度の研究実績としては、なかでも、判例・学説の分析作業及びヒアリング・研究レビューに基づく、次の二つの局面における研究成果を挙げることができる。 第一に、サイバースペース法の理論的体系化に関しては、ここ10年ばかりの間にみられる、「サイバー法(cyberlaw)」という概念-コンセプト-の展開と変容について、表現の自由という価値を意識しながら検討を加えることによって、初期の「サイバー法」概念に見出せる、インターネットに対する法のかかわり方において慎重さを求める思考は、今日の文脈でもなお重要性を持つことを明らかにした。そこでは、サイバー法という視点をとることの意義として、まず、個別具体的な争点への対応において、そこで守られるべき基本的な価値規範とは何か、また、そうした原理がそもそも法によって定められてきたのはなぜなのかといった、基本原理についての考察を活性化させる機能があり、そして、こうした原理的な考察が不可欠となるがゆえにこそ、サイバー法という視点は、既存法が内在させている問題点を改めて照射し、これまでの法枠組みが、目標とする基本原理を実現するために「最適(optimal)」であるといえるかどうかを、今日的な視点から問い直す契機を与えていることを指摘した(詳細は、研究発表欄の拙稿「『サイバー法』概念の展開と変容」を参照)。 第二に、サイバースペース法の具体的な課題に関しては、本年度はとりわけ、日本や欧州以上に、アメリカにおいて先鋭化した形で議論されている、表現の自由と著作権とのバランスという争点について、重点的に考察を進め、表現の自由および著作権を保護することのそもそもの意味や、これらの根底にあるはずの価値・利益を原理論的に探求することによって、表現の自由と著作権との調整において考慮されるべき視座や手法を明らかにした(詳細は、研究発表欄の拙稿「表現の自由と著作権」を参照)。
|