わが国の証券犯罪は、その類型の多くが新しいものであり、必ずしも社会一般からの倫理的な否定的評価の対象となっていない。その意味で、このような犯罪類型の成立範囲を画定するにあたっては、生の妥当性判断に頼るのではなくて、立法趣旨(規制の根拠)に立ち返ることが必要になる。とくに従来、一種の役得と考えられてきた内部者取引(インサイダー・トレーディング)においては、この点が顕著である。たしかにわが国の証券取引法の規制文言だけを見れば、それは数値化された要件を課すなど、きわめて形式的な形態を採っている。しかし俗にバスケットクローズ(包括条項)と呼ばれる規定が併せて設けられており、それは証券市場への信頼を損なうという、純粋に実質的な観点に基づくものだから、結局は解釈によって規制の限界を画するほかないのである。 このような点から出発し、諸外国の規制形式を見てみると、(米国については平成16年度に調査予定であるが)欧州の主要諸国においては、一般投資家の投資判断に影響を与えるかどうかという、わが国でいうところの包括条項だけを持つところが多い。そしてそこではわが国において共に不要とされている、内部情報の利用という側面と、それによる受益という側面が、中核的な役割を担っているのである。わが国でもこのような2つの側面が、証券取引規制の趣旨を考慮するにあたって、非常に重要なものとなろう。 さらにそこからは、違法行為に対するサンクションとして、刑事制裁、ひいては行政制裁にとどまらず、民事制裁を認める余地も導かれるように思われる。証券市場への信頼も、結局は個々の投資家の利益に還元されると考えれば、上述の2つの側面が備わる場合には、因果関係や損害に関する特別規定を設けるなどして、違反者に対して投資家が損害賠償請求を行う可能性を確保すべきであろう。
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