世界的にも若年者層の失業問題が顕在化している現在、ロシアにおいても、若年者層の失業問題は深刻な問題である。そのなかでも、教育機関から仕事の世界へと移行する新卒者の就職問題は、これまでロシア研究において十分に研究されてこなかった。平成15年度の研究では、ロシアのノヴォシビルスク州を拠点とした、地域の高等教育機関、公共職業安定所(雇用局)、州の統計委員会での調査を通じて明らかになった新規学卒労働市場の制度的変容とそこで求職活動を行う新卒者の行動様式の変化について研究を進めた。この研究は、計画経済期から市場経済に至る新規学卒労働市場の制度変化を観察し、旧制度の崩壊と「自由な」労働市場の出現の意味を、教育機関から仕事の世界への移行を形作っていた「就職指令書」に着目し、労働市場における失われた制度的連関とは何かを明らかにすることを目的とした。その結果、旧ソ連時代の新規学卒者の就職を規定していたフォーマルな制度が、市場経済化とともに消失し、「就職指令書」に依存した就職の減少、「就職指令書」の形骸化、インフォーマルな社会的紐帯への就職手段の依存などを明らかにすることができた。そこから見いだせる新規学卒者のための職業安定政策の方向性は、教育機関、雇用者、公共職業安定機関が、新規学卒者と求人情報を共有し、新規学卒者就職向けのフォーマルな制度の構築である。 そうしたフォーマルな制度構築のためには、新規学卒者の送り手である大学の現状を把握する必要がある。地域の工業への新規学卒者への送り手として、地方工科大学をケーススタディとして取り上げ、地方大学の財政問題を具体的に観察することを行った。この研究は、新規学卒労働市場研究の基礎資料としての意義をもつ。ロシアの大学等の教育機関は、財務報告書などを作成しているわけではなく、それゆえ、世界の学術界においても、具体的なロシアの大学の財政状況を把握する試みは、皆無に等しかった。本研究では、地方大学の学内報などを丹念に収集し、そうした資料に基づき90年代の地方大学の現状を、きわめて鮮明に描くことができた。その結果、ロシアの地方国立大学は、厳しい緊縮財政のあおりを受けて、連邦予算からの歳入が抑えられ、予算外収入の獲得に経営努力を集中させてきたこと、そのために旧ソ連時代からの大学教育における無料授業の原則がなし崩し的に放棄され、授業料獲得のために学生数の拡大、学部の新設などを行っていったこと、そして、そうした学生数拡大による予算外収入獲得の戦略は、少子化傾向の現状を考えれば限界があること、などを明らかにした。
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