本研究は、証券取引において、複数の取引所で取引が可能であるという市場分断化のもとで、望ましい規制、特に望ましいインサイダー取引規制を明らかにすることが目的である。分析の前提として、現実の取引に関して調査を行うため、ティックデータを用いて日中取引の分析を行った。それにより、取引価格の末尾は0や5であることが多い、という価格集積と呼ばれる現象が、日本の証券取引所で観察されることが明らかになった。価格集積は、一日の取引の中で、特に前場開始後30分間、長くても1時間に顕著であり、その後安定的な水準に落ち着く。投資家、特に非情報投資家は、不確実性が高いために証券の価値を精確に推定できず、細かい価格付けができないため、価格が集積すると考えられているが、本研究ではそれと整合的な実証結果を得た。価格集積の一日の変化は、取引開始後30分間で不確実性が一定レベルまで減少することを意味しており、取引開始後に非情報投資家が集積価格において流動性を活発に供給していると同時に、情報投資家またはインサイダーが、流動性を活発に需要していることが推測される。すなわち、価格集積とともに取引の集積も発生している可能性が高く、取引の外部性により、市場分断化よりも統合の力が強いため、複数の取引所があったとしても、取引が主要取引所に集中する傾向が生まれている。インサイダーは、どの市場で取引するかに裁量があるが、非情報投資家が活発に取引するところで取引したいので、ある市場におけるインサイダー取引規制の強化より、取引が他の流動性の低い市場に流れるとは考えにくい。以上より、インサイダー取引を規制するにあたり、主要取引所での取引開始後30分間の注文を特に監視する必要がある、という結論が得られた。
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