本研究では大正・昭和戦前期における日本陶磁器業の資料調査を進め、大正期以降決算書類が連続的に残存している佐賀県西松浦郡に所在する香蘭社の経営資料を集中的に調査した。同社は明治末〜大正期に工場・販売店ごとの決算書を作成することでブランチの営業動向を把握し、利益計算を行うことで、次なる販売戦略を立案していった。とりわけ碍子生産に集中することによって工場の拡張を図り、あわせて工場内における美術陶磁器の生産プロセスを明確化しながら未分化であった碍子・陶磁器の両部門の生産性を高めたことが判明した。これらの基礎資料はマイクロフィルム化することで研究資料として活用が可能であり、随時社外に公開できる資料について、整理を進める予定である。大正末期以降は組織的に各種勘定帳簿をまとめるようになり、各支店・工場ごとの決算書をまとめるための諸帳簿が確認できた。これらの帳簿組織から、企業経営の変化についてとらえ直すことが今後の研究課題として残されているが、本研究を通じて、当該期の代表的企業について経営資料から検討を加えることにより、大正中期に工場設備を拡張することで碍子の量産化に成功した経緯について追跡することができた。量産化の動きは碍子から陶磁器へとつながり、大連・上海出張所を拠点として低圧碍子・美術陶磁器の輸出を進めた事実も具体的に明らかとなり、1920年代を転換点として日本陶磁器業の製造技術や販売市場に構造的変化が見られたとの見通しを得た。同時に名古屋・瀬戸・美濃地域の事例も合わせ比較検討することで、アジア向け輸出を通じて経営規模を拡大した陶磁器企業の競争力について製品開発と販売戦略の側面から再検討を行い、ノリタケや松風などの大手碍子・陶磁器メーカーに対抗する中堅企業の成長について着目した。
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