戦前期における日本陶磁器業の経営戦略について解明するべく、中堅企業である佐賀県有田町の香蘭社を事例として検討を行った。香蘭社は明治期に最新の窯業技術を駆使し、日用陶磁器にとどまらず産業用陶磁器の開発を進め、低圧碍子の量産化に続いて、高圧碍子の開発と量産体制を整えた。当時の窯業界におけるリーダー的存在であった日本陶器会社や松風陶器会社が特別高圧碍子の生産に基づいて経営を軌道に乗せたのに対して、香蘭社は低圧碍子の生産技術をベースとしつつ大正期以降工場設備を随時拡充し、窯業界における中堅企業として発展することに成功した。最新の生産設備を積極的に導入することで製品の品質向上を目指し、着実に自社ブランドを確立したことが、その後の同社の販売戦略における重要な前提条件となったのである。昭和期の同社は産業用陶磁器部門の好調に支えられて日用陶磁器の量産化とブランド構築を実現し、食器を中心とした美術陶磁器の生産体制を確立した。日用陶磁器の生産技術を改良しながらも、和洋折衷による食器デザインを開発した同社は、日本国内の高級陶磁器市場において不動の地位を築き上げた。高級消費財のデパートとなった都市型百貨店を通じて一般大衆への販売を試みた同社は、経営戦略上大量販売が困難な美術陶磁器の市場を開発し、戦後における都市型百貨店の発展を支える役割を担った。戦前期の中堅企業による製品開発と市場開発のダイナミズムを解明することによって、日本における消費財市場の発展を考察する上での貴重な事例を学会に提示するとともに、中堅企業が有する経営史料群の保管・活用を図るための社会的コンセンサスを築くことに成功したと考える。
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