本研究の目的は、組織で利用可能な情報技術が発展するに伴って、企業の現場で働く人々の組織的活動にどのような影響を与えるのかについて、具体的な問題領域に焦点を絞り理論的・経験的に解明することである。 本年度における研究成果は大きく二つに分けられる。ひとつは、理論的な分析枠組みの精緻化である。特に本年度は、企業の情報化のみならず経営学の技術研究の分析枠組みそのものの変遷を追うことで、常にパラドックスを抱えてきたこれまでの分析枠組みに共通する問題点を明らかにし、企業の情報化を捉えるより本質的な分析枠組みを検討してきた。また、組織論をはじめとして、社会学、認知科学、科学・技術論など、学際的な観点からの理論化を試み、とくに社会構成主義の再考にもとづいた方法論的考察とともに分析枠組みとしての精緻化を行った。 もうひとつは、府中病院に導入された電子カルテを巡って病院組織内で再編成された役割関係(具体的には医師やコメディカル部門、医事会計や病院管理に携わる部門間の役割関係)について、綿密なフィールド調査を行った。府中病院における電子カルテの導入プロセスは、単に紙カルテの電子化に留まらない様々な組織的変化が見られた。それは、常に医師の手許に置かざるを得なかった紙カルテはその物質的な特性をフォローするかたちで、コメディカル部門などとの間にインフォーマルな役割関係が構築されていたからである。カルテの電子化は、それゆえ、一方でそれまでのインフォーマルな役割関係を失わせるとともに、他方では新たな役割関係を権限委譲や働き方の変化を含んだかたちで再構築することになった。フィールド調査では、実際に現場の変化に取り組んできた府中病院の医師やコメディカル部門などのスタッフに対して、電子カルテ導入の経緯を追跡調査することによって、役割関係の再構築に見られる組織再編プロセスを明らかにした。
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