シンガポールでは、華人・マレー人・インド人・その他という複数の人種民族から成る住民の84%が、団地というエスニシティ的に無色中立な居住空間で生活を共にしている。こうしたユニークなシンガポール型の多民族社会を支えているのが、多人種主義である。この多人種主義について、団地での現地調査を踏まえた上で、シンガポール多人種主義社会モデルを構築する。上記目的のため、本研究ではポイントとして次の三点を明らかにした。 ・多人種主義には、各人種別に分断する側面と各人種別の違いを問わない人種共通共有のシンガポール人をつくり出す側面という二面性がある。一見相反するこれら二面性が、実は多人種主義を成り立たせている。 ・これは政策や言説のレベルにとどまらない。団地生活のレベルでもまた、団地住民は各人種別の違いを強調する一方、団地という共通の生活の場を共用することによって、共同性を日々育んでいる。これら一見相反する二面性が、多人種主義とパラレルな形で団地における複数人種民族の共存を成り立たせている。 ・とくに後者の共通性・共用性・共同性が重要であるにもかかわらず、あるいはそれゆえに、各人種別に分断する多人種主義の一側面によって絶えず分断解体にさらされている。シンガポールから学ぶべき最大のポイントは、この共通性・共用性・共同性を活かしていくことにある。 以上のポイントについて、今年度は引き続きTJ団地とTH団地で現地調査を加えた。TJ団地では、屋台センターの建て替えのプロセスを追うことで、団地で日々営まれている人種を問わない共同性が解体させられる側面を明らかにした。TH団地では、取り壊し直前の団地棟で、共通の生活の場を共用することによって日々育まれている共同性と、それが解体に直面している様を丹念に明らかにした。このうちTJ団地については、論文を投稿発表することで論点の精緻化を進めた。 研究対象をマレーシアと中国にも広げ、今後シンガポール多人種主義社会モデルをもとに、他の華人社会の比較社会学的研究を行うための礎とした。
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