対抗型想起コミュニケーションを成立させるための基本条件を解明するために、供述に困難のある供述者にみられる供述の混乱と、そうした混乱が回避されている供述の構造をくわしく検討した。具体的には知的障害者が被害者となった虐待事件(1件)における証人尋問過程のテープ、ビデオ記録、および知的障害者が被疑者・被告人となった誘拐殺人事件(1件)の尋問テープの分析をおこなった。その結果、供述に困難のある供述者(とりわけ中程度以上の知的障害者)が、尋問者に迎合せずに自分なりの言語表現を用いて体験(ないしは体験の」不在)を語るためには、従来、欧米で指摘されていた諸要因(事前のラポールの確立、傾聴的対応、知的障害者の認知特性に対応した質問項目の設定)のみでは不十分であり、過去の特定の時点の出来事について現在会話をしているという「想起フレーム」の設定および維持のための会話管理がきわめて重要であることが明らかになった。この点に関する尋問者のトレーニングプログラムは存在せず、本研究の成果を応用したプログラムを提案する必要があると考えられる。 L.S.VygotskyおよびM.M.Bakthinらの対話理論によれば、コミュニケーションにおいては話者間での「フレーム」の完全な一致は実際にはありえず、むしろ「フレーム」のズレによって会話のダイナミズムが生まれると考えられる。そこで問題となるのは、どのようなズレが適切なダイナミズムを生み、どのようなズレが共同想起(尋問)の破綻を招くのかということである。この点について次年度はさらに詳しく検討する予定である。
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