【研究目的】 発達初期から見られる指さしと発声との結びつきは、遺伝的に定められた生得的なシステムによるのではないかと指摘されているものの、そこに環境要因も関与している可能性もある。たとえば指さしに、発声を伴わせることで、他者の注目や応答をより得やすくなるというように、他者からのフィードバックという外的環境もまた、発声を伴う指さしの生起に関連しているかもしれない。この問題を検討するため、本研究では聾児および健聴児を対象に、彼らの指さしと発声の関係を調べた。 【方法】 観察の対象となったのは、(1)聾の親をもつ聾児2名、(2)聴者の親をもつ聾児1名、(3)聾の親をもつ聴児1名の3グループである。各グループのそれぞれの子どもについて、月に1度の頻度で家庭を訪問し、母子の自然なコミュニケーション場面をビデオで収録した。これらの収録ビデオのうち、月齢11ヶ月から16ヶ月の各月40-60分前後を分析した。分析では時間単位軸上のどこで音声または指さしが生起したのか、また、それらが同期したのかどうかを調べた。 【結果】 分析の結果、まず、グループ2(聴者の親をもつ聾児)においては、指さしに頻繁に発声が伴っており、指さしを発声の同期の程度は、先行研究で示された、聴者の親をもつ聴児における指さしに音声が伴う割合と同程度であることが示された。また、グループ1(聾者の親をもつ聾児)および、グループ3(聾者の親を持つ聴児)においては、上記のグループに比べて、指さしに発声が伴う頻度は低かった。以上の結果から、生後11〜16ヶ月の段階の指さしと発声の同期的関係を見る限りにおいては、その子どもの親が聴者であるか聾者であるかという要因が強く関わっていることが示唆された。これらの結果は、指さしと音声との同期現象の成立には、これまで指摘されてきたような生得的な結びつきだけではなく、社会的フィードバックの有無が関与していることを示唆するものといえる。
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