本研究では、楽曲を鑑賞している最中に聞き手が楽曲のどのような音響的特徴に注意を向けているかを調べる実験を行い、自由記述によって得られたデータを分類した。被験者は大学生とし、音楽熟達者(音楽科専攻生)と非熟達者それぞれ40名ずつを対象とした。実験では、刺激としてクラシックの小品を9曲提示し、楽曲を鑑賞している間に気がついたことをできるだけたくさん記述するように求めた。このとき、楽曲の感情的性格ではなく、音響的特徴や楽曲の形式・構造について記述するようにということを強調した。それらの記述内容を分類し整理することによって、聞き手が注意を向ける感性情報を特定することが本研究の目的である。 被験者の自由記述を意味的なまとまりの単位に分割し、それらを36のカテゴリーに分類した。さらに、この36のカテゴリーを10の上位カテゴリーに分類した。それらは、(1)音響的特徴(音高、音量、音質など)、(2)音源(の種類や特徴)、(3)複数の音から構成される音のパターン(音形、旋律、伴奏、リズム)、4認知的枠組み(調性、拍節)、(5)音楽の形式・様式、(6)楽曲の構造や期待(展開の予想)、(7)楽曲の雰囲気や音楽的性格、(8)楽曲そのものの知識(曲名、自身の聴取経験)、(9)その楽曲から自由に連想される事項、(10)楽曲それ自体や演奏に関する評価、に関する記述であった。反応の比率は、(1)、(2)、(3)が特に多く、全体の8割程度であった。熟達者と非熟達者の間に大きな違いは見られなかったが、熟達者は(4)と(5)、非熟達者は(1)と(7)の反応が多いのが特徴的であった。音楽鑑賞の中でも最も本質的であると考えられた(6)の側面は、音楽熟達者であっても反応(記述)数は多くはなかった。
|