チンパンジーにおける絵画的表象の認識と表出の能力、およびその発達的変化を調べるための研究をおこなった。認識能力については、写真を用いて特定のカテゴリーの選択を訓練し、その反応がさまざまな抽象度(写実的な絵から単純な線画まで)の絵画的刺激にまで般化するかどうかを調べた。その結果、3個体中1個体のみ、どのような絵に対しても正しい選択反応を示す個体がいた。一方で残る2個体はどのような絵に対しても、反応は般化しなかった。このことから、ヒトが用いる絵画的表象は、ヒトともっとも近縁なチンパンジーにおいても同様に認識されるものではないことが示された。一方、1個体だけ認識が可能であった個体は、シンボル(図形文字)の認識を訓練された個体であり、絵を認識する能力と言語能力との関連が示唆された。この成果は、現在投稿準備中である。 絵の表出については、タッチパネル付きのノート型コンピュータを用いて、チンパンジーの自発的な「お絵かき」を記録するシステムを開発した。このシステムを用いて、大人と乳児、各3個体のチンパンジーを対象に、自発的な描画行動を記録、分析した。その結果、いわゆる「なぐりがき」はチンパンジーでも1歳1か月の頃から自発し、そのパターンは大人と大きく変わらないことがわかった。一方で、鉛筆などの道具を使う描画行動は、はるかに遅れて1歳9か月以降に初出した。この出現時期は物体を介して物体を操作する定位的操作と呼ばれる行動が急激に増加する時期に一致しており、ヒトで見られる画具を使った紙への「お絵かき」は、視覚-運動系を協調させる能力だけでなく、定位的操作の能力も合わさって初めて可能となることが示唆された。この成果は、Animal Cognition誌で公表された。 タッチパネルを用いた自発的な描画については、現在も定期的に記録を蓄積しており、その発達的な変化を分析する予定である。チンパンジー乳児については、絵画的表象の認識能力を検討するために現在見本あわせ課題を訓練中である。H16年度では成体と乳児に共通な見本あわせ課題を用いた実験をおこなう予定である。
|