本年度は、リズム行動と音楽の情動的側面との間の関連性を、「潜在記憶」および「モダリティの違い」という観点から実験的に調べた。前者により、人間の音楽聴取過程において「記憶」の果たす役割について、より包括的で妥当性の高い説明理論の基礎データを獲得することができた。この結果を踏まえて、音楽の情動的側面に関する影響について、特に音楽療法への応用可能性に関して考察を行った。また、モダリティの違いに関する研究として、予備的実験を行った。 1.潜在記憶の観点からの研究実績:音列の拍節性に注目した実験結果 従前の研究により、音楽情報の潜在記憶への影響が示唆されている「音列の拍節性」について、「2倍型拍節構造音列」と「3倍型拍節構造音列」という変数の操作を行ってプライミング効果の検討を行った。実験の結果、いずれの音列にもプライミング効果が観察されたが、2倍型拍節構造音列のプライミング効果は3倍型拍節構造音列のそれよりも大きかった。 2.情動的側面に関する研究実績:特に音楽療法への応用可能性ついての考察 上述の実験結果により、人間の音楽聴取過程において、4/4拍子や2/4拍子などの音列は、3/4拍子などの音列よりも、潜在記憶の表象が明確である可能性があると解釈できる。これらの結果を踏まえると、音楽療法においては2倍型拍節構造の音列を使用することが望ましいと言える。特に、いわゆる"痴呆症"のクライアントに対して能動的音楽療法において粗大運動等を促すために使用する音楽は、音楽のリズム的側面の知覚や記憶が容易な音楽を使用することによって、より効果的な加療が期待できると考えられる。 3.モダリティの違いに関する研究実績:予備的実験のまとめ 視覚と聴覚というモダリティの違いの観点から音楽認知の特徴を検討した。具体的には、異なる音楽を、同じ映像と組み合わせることによって、そこから受ける印象が異なるかどうかについて、予備的な実験を完了した。先行研究に基づき、同一の映像に対し、1)ロック(major mode)、2)ロック(minor mode)、3)ジャズおよび4)クラシックの楽曲をそれぞれ対呈示することによって、被験者の印象を評価させた。その結果、視覚と聴覚の両方によってうける印象は、"拡がり感"や"白熱感"といった因子によって説明しうることが確認された。これは先行研究と一致した結果であった。
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