奥行き構造を持つ視覚刺激を呈示した際の、観察者の視覚誘導性自己運動知覚(ベクション)を心理物理学的に分析することにより、自己運動情報処理における刺激奥行き構造の関与を検討した。ナイーブな観察者を用いた心理物理実験を繰り返すことにより、以下にあげるさまざまな事実が確認された。1)高速運動する背景刺激の手前で直交方向に運動する前面刺激は、前面刺激と同方向への自己運動知覚を誘導する("逆転ベクション")。2)逆転ベクションの生起に際しては、低速運動する前面刺激を被験者の注視領域の3次元的な近傍に呈示すると有効である。3)被験者の持続的な偏向注視が逆転ベクションの生起およびその強度に体系的な影響を及ぼす。2)3)の事実は、逆転ベクションの生起には観察者の眼球運動に関する錯誤が関与していることを示すものである。また、奥行構造をもった視覚刺激呈示場面において、一方の刺激を静止させ、もう一方の刺激を運動させることにより、定位される奥行きが異なる付加静止刺激がベクションに及ぼす影響の差異を検討した。その結果、4)運動刺激の手前に静止前面刺激を付与した場合にはベクションの促進が、背後に静止背景刺激を付与した場合にはベクションの抑制が生じること、が示された。さらに、5)付加静止刺激によるベクションの促進においては視野中心部への刺激が、ベクションの抑制に際しては視野周辺部の刺激が優勢的な効果を持つことも明らかにされている。これらの結果は、いずれも刺激奥行き構造がベクションに非常に重大な影響を及ぼしうることを示すものであり、今後これらの奥行き構造の効果を説明可能な心理物理学的なモデルの構築を行う。
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