ペンタセンをドープした重陽子化p-タフェニル結晶を製作し、まずペンタセン分子中の陽子に対する偏極増大実験を室温にて行った。その結果、NMR信号強度として非重陽子化結晶の場合の1/10程度が得られた。次に、ペンタセン中の陽子偏極をp-タフェニル中の重陽子へと移行する交差偏極法に必要な、陽子のスピンロックを行った。スピンロック後の自由誘導減衰(FID)信号を観測した結果、通常のFID信号強度と比較して80%以上の信号強度が得られ、交差偏極法に十分な大きさの陽子偏極がスピンロックにより保持できていることを確認した。さらにこれらと平行して、高偏極度を得るために必要なArイオンレーザーの運転パラメータの最適化に関する研究を行った。その結果、偏極増大率や偏極緩和率の点で515nmのみの単一波長の照射が最適であることを見出した。 前年度に行った不安定核ビームと偏極陽子標的とを組み合わせた初めての実験で、不安定核ビーム照射による放射損傷の存在が明らかとなった。放射損傷による緩和率の増加やアニールなどによる損傷の修復についての知見を得ることは、偏極重陽子標的を実現するうえで極めて重要である。そこで^4Heビームを用いたテスト実験を行った。その結果、イオンビーム照射による偏極緩和率の増加に関する知見が得られた。また、照射実験終了後に標的温度を変えながらアニールによる偏極緩和率の変化を測定した。その結果、100Kでは有意なアニール効果が見られなかったものの、200Kまで温度を上昇させた場合に明らかなアニール効果があることが観測され、損傷の修復に効果的なアニールには標的を200K以上の高温に置く必要があることが分かった。
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