本研究の目的は、磁場下での中性子散乱実験から報告された磁場誘起による反強磁性秩序と超伝導の共存状態についてSTM/STSから調べることであり、磁場下での反強磁性秩序と超伝導が共存するという特異な電子状態の研究から、高温超伝導体の電子状態、さらには高温超伝導の発現機構に関して非常に有用な情報が得られることが期待されている。今年度の到達目標は、(1)既存のSTM/STS装置を改良し、クライオマグネット中で使用できるようにすること、(2)La系試料を低温かつ超高真空中でヘキ開できるように、ヘキ開機構を改良すること、(3)比較的STM/STS実験が容易であるBi系試料で装置を調整することであったが、これまで以下のように満足すべき結果が得られている。具体的には、低温で5Tの磁場までHOPGの原子像観測に成功し、さらにゼロ磁場ではあるがBi系高温超伝導体で、原子像観測及び原子レベルの空間分解能で準粒子スペクトルを得ることに成功した。現在の高温超伝導の大きな問題の一つに、「ナノスケールで超伝導状態と非超伝導状態(擬ギャップ状態)がランダムに混在しているのではないか」というものがあるが、今回得られた結果はこの問題に対して重要な情報を与えると期待され、本年度末の日本物理学会で発表する予定である。また、スイスのPSI研究所との共同研究で、本研究で作成したLa系高温超伝導体を用いて、磁場下での中性子散乱実験も行った。その結果、(1)少なくとも最適濃度付近の試料では磁場誘起の反強磁性秩序やサブギャップの形成は見られないこと、(2)超伝導に伴うスピンギャップがTcではなく、不可逆温度Tirrで消失することが分かった。今後、このLa系試料を用いた低温磁場中STM/STSを行い、スピン励起と電子励起の両方からこの系の特異な電子状態を明らかにしていきたい。
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