本年度は、当初の目的であるクライオトラップ設計のための準備として、室温におけるストロンチウム^3P_2準安定状態寿命を精度よく決定するために、より慎重にデータの蓄積を行った。本測定における偶然誤差に最も寄与するのは、磁気光学トラップ(MOT)中の少数原子からの蛍光を測定するときの量子効率である。受光素子である光電子倍増管自体の量子効率を増大させることは困難であるので、受光効率を向上させるために、NAの増大を図った。このために、MOT真空槽内にコンデンサレンズを設置し、受光効率を2桁増大できた。 次に、MOT真空槽をヒータで加熱して原子環境温度を変化させたときの寿命測定の際に重要となるのが、その等温性の評価である。黒体輻射に関するキルヒホッフの法則によれば、熱平衡状態(等温)にある物体で囲まれた空洞中の熱輻射は黒体輻射に一致するが、サーモグラフィを使った観測によれば、観測用窓(ビューポート)中心部の温度は周辺部の温度よりも最大で4K低かった。そこで、有限要素法を用いて熱伝導方程式の定常解を求めることで、窓における温度分布を推定しその平均温度を求め、放射測温の手法に従って、MOT真空槽中の実効的な熱輻射場を決定することで、適切に熱輻射誘起緩和レートを差し引くことができた。これにより、絶対零度における準安定寿命として520秒を決定することができた。これは、実験室内での測定の中では最長のものである。 さらに、英国国立物理研究所で測定されたYbイオンの準安定状態寿命(10年!)も、本研究で見出されたような室温の黒体輻射による脱励起によって20時間程度にまで減少しうることも指摘した。
|