蛋白質は精密な分子機械である。そのアミノ酸配列により、各分子固有の立体構造を形成し、それが揺らぐことによって機能を発揮する。蛋白質が担う生命現象の素過程を物理化学的に理解するには、機能発現と密接に関わる蛋白質の立体構造ダイナミクスを原子レベルで研究することが不可欠である。そのための有効な実験手段に中性子散乱がある。本研究課題は、分子シミュレーションを利用して、蛋白質の中性子散乱実験の可能性を探ることを目的としている。 分子シミュレーションを利用すると、その結果から蛋白質中性子散乱スペクトルが直接計算できる。平成15年度は、ニワトリ卵白リゾチーム蛋白質を用いて、基準振動解析、水中の分子動力学計算を行い、その結果から中性子非弾性散乱スペクトルを解析した。基準振動解析は蛋白質の構造エネルギー曲面を多次元放物面に近似することで、蛋白質の調和的なダイナミクスを解析することができる。これに対して分子動力学計算では基準振動解析では表せないエネルギー面の非調和性を取り入れることができる。また、水分子を露に扱うことで水和効果も考慮に入れることができる。つまり、分子シミュレーションの結果から求められる2種類の中性子散乱スペクトルを比較することで、蛋白質発現に不可欠とされる非調和的ダイナミクス・溶媒効果を、中性子散乱で観測するのに必要な実験の測定領域・解像度を調べることが出来る。 解析の結果、機能発現に不可欠な蛋白質立体構造ダイナミクスを中性子散乱で測定するには、約40cm^<-1>以下の振動数領域で、約1cm^<-1>以上の解像度の実験が必要であることを明らかにした。また、その研究成果は、J-PARC物質・生命科学実験施設の中性子実験装置計画検討委員会に、生物用非弾性散乱装置を建設提案する際に生かされた。
|