本年度の目的は、密度汎関数法にもとづく分子内QM/MM法を開発し、ヒト免疫不全ウイルスのプロテアーゼ(HIV-1 Pr)のQM/MMシミュレーションを行うことである。これを可能にするためには、(1)酵素反応の遷移状態を決定することと、(2)我々がこれまでにすでに開発したQM/MMプログラムをタンパク質の古典分子動力学計算が可能なTinker Packageと繋ぎあわせることの2点が必要である。以下にそれぞれの研究の途中経過を詳述する。 (1)遷移状態の決定 HIV1-Prのペプチド鎖解裂反応は2段階で進むとされている。我々は1、及び2段階目の反応の遷移状態をHF/3-21G^<**>レベルで構造最適化している。基質となるペプチド鎖のモデルとして、CH_3-CO-NH-CH_3を選択し、1対のAsp25の他に、Thr26とGly27のペプチド結合部を活性部位として扱った。現在のところ、1段階目の遷移状態の構造最適化が完了しており、この反応の活性部位のみのエネルギー障壁の高さは、24.8kcal/molであった。 (2)分子内QM/MM法の開発 QM/MM法のプログラム開発において、我々は、実空間の格子上で波動関数の値を計算する実空間グリッド法を導入した。この方法は、従来の原子基底や平面波基底に比べて計算精度が良い上に、並列計算も容易に行えるという利点がある。これに対して反応活性部位以外のMM領域は、Tinker Packageにより扱う。分子内QM/MM法を完成させるにはLink Atom法によりこれら二つの領域の力場を合成する必要がある。現在、QM、及びMM領域を繋ぐ作業はほぼ完了しており、PDBファイルを入力として計算を実行させるためのインターフェースを作成中である。 1段階目のペプチド鎖解裂反応に対して、QM/MM計算を実行したところMM領域による遷移状態の安定化エネルギーは反応物のそれよりも4.6kcal/mol大きく、環境部位が活性化エネルギーの減少に寄与していることが分かった。
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