本研究の目標は、部分重水素置換したアンモニア分子などの小分子に対して実現されてきた、振動励起+電子励起の2段階励起による選択的な化学結合切断の発現機構を明らかにするとともに、より大きな、一般的な分子に対する実現可能性を探ることである。 1、部分重水素置換した水分子HODに対して、OD伸縮高振動(5ν_<OD>)状態からの243nm紫外光分解を利用することで、OD結合のみをほぼ完全に(OD結合切断/OH結合切断比>12)切断できることが分かった。また、分解生成したD原子の速度・角度分布から、(1)OD結合切断は電子励起した後、数100fSより短い時間内に進行していること、(2)余剰エネルギーの95%が並進エネルギーとして消費されていること、が判明した。これらの結果から、OD結合切断は直接的に進行し、OH部分はOD結合切断にほとんど関与していない、と考えられる。さらに、量子波束計算を行うことで、高い選択性発現の原因が、(1)5ν^<OD>状態がローカルモード的な振動状態であること、(2)2段階励起のエネルギーが電子励起A^〜状態のポテンシャル曲面上の鞍点位置より低いこと、にあることを明らかにした。以上の結果から、2段階励起による選択性は、OD結合部分に繋がる置換基部分の形状や大きさに依存しないと推測され、大きな置換基がOD結合に繋がった場合でも、同様の高い選択性が現れる可能性がある。 2、部分重水素置換したアンモニアNHD_2およびNH_2Dに対して、振動励起スペクトルを解析することで、NHおよびND伸縮高振動(5ν_<NH>および5ν_<ND>)状態の分子構造を決定した。NHおよびND伸縮振動励起によって、NHおよびND結合がそれぞれ0.09および0.08Å程度伸びると同時に、結合角度が2〜4°程度小さくなっていることが分かった。この結合角度の変化が、アンモニアにおける選択性の低下に寄与している可能性がある。
|