化学反応におけるコヒーレント核運動の研究には反応性が高く、かつ系にコヒーレンスが残っているサブピコ秒時間スケールで反応が進む系が適している。このため、代表的な超高速反応として知られるプロトン移動に着目し、まずヒドロキシ置換フラボン、ベンゾキノリン、アントラキノン類について定常吸収および蛍光スペクトルを測定し、これらの分子の反応性を検討した。この結果、なかでも10-ヒドロキシベンゾキノリン(10-HBQ)が10000cm^<-1>にも達する大きなストークスシフトを示し高い反応性をもつことを確認した。この10-HBQの反応ダイナミクスを調べるためにサブピコ秒の時間分解能で過渡吸収スペクトルを測定し、この分子が光励起後100フェムト秒以下で励起状態プロトン移動を起こしてエノール体からケト体へと変化することがわかった。また、反応に関与する励起状態の吸収が400〜600nm、基底状態への誘導放出が600〜800nmの波長領域に観測されることもわかった。これらの基礎的データをふまえ、反応におけるコヒーレンスを明らかにするために極短パルスを用いた紫外励起二色ポンプ・プローブ吸収分光を行った。25〜30フェムト秒という極限的に高い時間分解能で10-HBQの反応ダイナミクスを測定した結果、励起状態吸収、誘導放出の双方で、反応する励起状態での振動コヒーレンスを反映したビート信号が明瞭に観測された。このビート信号のフーリエ解析の結果、ビート信号には約240、390、550、690cm^<-1>の振動数の成分が含まれていることがわかった。したがって、プロトン移動反応においてこれら複数の低波数振動がコヒーレントに誘起されていると考えられる。今後、ラマン散乱測定や量子化学計算による研究も組み合わせて、観測された低波数振動と反応座標との関係についての詳細を調べる予定である。
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