トリシクロブタベンゼンは、ベンゼン環に複数の四員環が縮環したひずみ構造に由来する未知の反応性や物性を秘めている。しかし、その一般的な合成法はなく、特に、官能基を有する化合物の合成は手つかずであり、その構造的特徴、化学的反応性、合成的有用性などについての研究は未開拓である。したがって、こうした分子構造の合成を可能にする高次の合成手法の開発が望まれている。 この問題に対し、前年度の本研究において、我々は"ベンザイン-オレフィン[2+2]環付加反応"を繰り返し用いるというアプローチで、置換トリシクロブタベンゼンの合成が可能であることを見出した。今回、この反応を基盤として、上述の多官能性の誘導体の合成を試みた結果、四員環上が高度に酸素官能基化されたトリシクロブタベンゼンの合成を達成することができた。この方法は、工程数や一般性の観点から、汎用性の高いものであり、これを利用して十分な量の多官能性のトリシクロブタベンゼンの供給が可能になった。そこで、これらの化合物の持つ反応性を調べるため、初期的な検討を開始した結果、これらの化合物は加熱条件下、容易に開環し、構造化学的にも反応的にも興味深い、原子価異性体のラジアレンに異性化することを見出した。興味深いことに、この熱反応は立体選択的であり、酸素官能基が外側を向くように回転し、開環したラジアレンを単一の生成物として与えることが分った。詳細な検討の結果、この立体選択性の起源は、四員環上の置換基の電子効果にあることが分った。
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