本研究は、円偏光の不斉光反応にビラジカル中間体の磁気化学的特徴を組み込み、不斉反応に対する磁場効果を検証することを目的とした。研究に用いた反応系は、9〜12員環を持つ大環状2-フェニルシクロアルカノン類(2PCAs)の円偏光光分解である。本研究ではこの化合物のNorrish Type I光反応で発生するアシル-ベンジルビラジカルの項間交差(ISC)速度を磁場で変化させることにより、円偏光で誘起される2PCAsの鏡像体過剰率(ee)を磁場で制御する試みを行った。 9〜12員環2PCAsのCDスペクトルと吸収スペクトルから光学異方性g因子を算出した結果、10〜12員環2PCAsでは鏡像体過剰に導くには十分大きな値であることが示された。また、過渡吸収測定法によりビラジカルISC速度定数の磁場強度依存性を調べたところ、12員環2PCAsから生じたビラジカルのISC速度は、磁場中で2倍程度に変化することがわかった。そこで、励起光としてXeClエキシマーレーザーを用い、偏光子と1/4波長板を通して発生させた円偏光を12員環2PCAsのラセミ溶液に照射した。円偏光照射後の試料はGC-MSにより分析を行い、eeを測定した。その結果、転化率97〜99%で12員環2PCAsのeeは約1.5%に達した。しかしながら、磁場効果の有無を判定するために、対応のある2群の平均の差についてt検定を行ったところ、磁場効果は認められなかった。一方、速度論的シミュレーションでは磁場中で、約0.5%ee程度の違いが予測されている。この実験結果とシミュレーションによる予測の相違は、円偏光による12員環2PCAsの不斉光分解反応が、磁場効果を与えるとする速度論的反応モデルに従っていない可能性が考えられる。今後は、より詳細な反応機構の解明を行い、反応モデルでよく近似される反応系を実現することが必要である。
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