研究概要 |
四面体型歪みを導入するジアミン型配位子としては(-)-Sparteine(Sp)とその構造異性体を用いた。Spはジアミン間をメチレン鎖で何重にも架橋した構造で、金属が配位する事によってアダマンタン型構造を形成し、固定されたロンペアの配向によって中心金属にTetrahedral構造を強制する事が可能な配位子である。このような擬四面体型構造は非ヘム鉄酸化酵素ではしばしば見られ、電子移動を担うブルー銅蛋白質でよく知られた構造であるが、合成した低分子錯体では非常に珍しい構造である。 Spとその構造異性体を用いた銅(I)アセトニトリル錯体[Cu^I(X)(CH_3CN)_n]SbF_6(X=α-Sp(1),Sp(2),β-Sp(3),n=1 or 2)は、-80℃のジクロロメタン中で酸素と混合すると速やかに反応し、対応する銅(III)ビス-μ-オキソ種を生成した(λ_<max>=321〜343,430〜433nm, v^<16>O_2(v^<18>O_2)=623〜636(600〜603)cm^<-1>)。これまで銅(II)クロライド錯体[Cu^<II>(X)(Cl)_2](X=α-Sp(4),Sp(5),β-Sp(6))の単結晶X線構造解析の結果から、窒素配位平面と塩化物イオン配位平面の成す二面角はそれぞれ59゜(4),64〜73゜(5),87゜(6)となっており、この順で平面四角形構造からの捻じれが大きくなり四面体型に近づくことが分かっている。生成したビス-μ-オキソ種[Cu^<III>_2(X)(μ-O)_2]^<2+>では、β-Spを用いた場合に最もLMCTが低エネルギーシフトし、Cu^<III>_2(μ-O)_2由来のラマンシフトが最も高エネルギーに観測された。これらの結果は、Spとその構造異性体による"歪み"が、その銅中心に効果を及ぼしていると考えられる。またそのような捻じれた四面体型歪みを有する銅中心が、1)その比較的高い酸化還元電位を持つ、ならびに2)予想される一般的なd軌道による安定化エネルギーが小さい、ということなどに反して、高原子価のオキソ金属錯体の生成に適していることを示している。 一方、α-Spを用いた銅(I)アセトニトリル錯体[Cu^I(α-Sp)(CH_3CN)]SbF_6は、安息香酸イオン(Bz)の様な外因性の架橋型配位子を共存させて、-80℃のアセトン中で酸素と混合すると、μ-パーオキソ種である[Cu^<II>_2(α-Sp)(μ-η^2:η^2-O_2)(Bz)]^+を生成することが分かった(λ_<max>=372,746nm, v^<16>O_2(v^<18>O_2)=752(714)cm^<-1>)。これに強酸を添加したところ、対応するビス-μ-オキソ種である[Cu^<III>_2(α-Sp)(μ-O)_2]^<2+>を生成した。これにより、カルボン酸による架橋構造を有するμ-パーオキソ種はさらに高原子価であるビス-μ-オキソ種の前駆体であり、そのカルボン酸の脱離により酸素分子の活性化は段階的に進むと考えられる。このことはribonucleotide reductaseやメタンモノオキシゲナーゼなどの四面体型歪みを有する活性中心にも当てはまると考えられる。
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