工業化学・創薬化学における有機合成手法の開発では、新規反応の開拓と同時に、毒性、コスト、大量スケールといった実用化の側面を解決できる手法であることが望ましい。本研究課題においては、安価、低毒性、取扱い容易な還元剤としての金属亜鉛の再評価を行い、金属亜鉛と他の活性化剤との組み合わせによって、様々な精密有機合成への応用を目指して検討を行っている。今年度の研究では、カルボニル化合物との反応において、酸無水物存在下、亜鉛カルベノイド種が極めて穏やかな条件下発生させることが可能であることを見出した。具体的には触媒量のイッテルビウムトリフラートを添加することで、酸無水物とカルボニル化合物との反応により対応するジアシロキシ化合物がほぼ定量的に生成し、これに対し反応系中に金属亜鉛を加えることによって、芳香族アルデヒド由来の化合物のみ還元反応が進行し、形式的に還元エステル化生成物を高収率で与えることを見出した。本反応は極めて官能基選択的であり、例えば脂肪族アルデヒドやケトン類では反応は進行しない。一方、酸無水物に関しては高い一般性を有しており、嵩高い酸無水物などでも効率的に反応が進行する。反応機構は、中間体として生成するジアシロキシ化合物がルイス酸触媒であるイッテルビウムトリフラートが存在すると亜鉛による還元を容易にうけ、亜鉛カルベノイド種を生成し、それが速やかに系中の水によってプロトン化されることで対応するエステルを与えているものと思われる。今後、この亜鉛カルベノイド種を更に他の反応へと応用することが可能であると期待される。
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