氷中の物質の拡散に関しては、近年いくつかの実験および理論の両面から研究がなされている。その一方で、粒界拡散を対象とした研究は未だ手つかずの状態である。本研究では氷の粒界拡散の理論的な取り扱いのため、分子軌道法と分子動力学法の複合的な計算を行うものである。その内容は主に、(1)構造モデルの作成、(2)計算手法の確立である。 (1)に関して、第1段階として氷の表面での分子の拡散を考えた。最近、メチルスルホン酸(MSA)の氷床コア中での異常に速い拡散が報告されており、これは、氷表面とMSAとの相互作用に起因するものと考えられる。特に、MSAの酸素原子と氷との間に特徴的な相互作用があると予想して、その解明のため分子軌道計算を行っている。氷の構造には、水素原子の配列の多様性に起因する構造の多様性と氷特有のアイス・ルールと呼ばれる規則があるため、周期的境界条件を満たすモデルの作成は困難である。そこで、アイス・ルールを満たしかつ周期的境界条件を満たす、任意の大きさの構造モデルを作るためのプログラムの開発を行っている。 (2)については、拡散の障壁エネルギーを求めるため、周期的な境界条件での計算および大規模分子での計算が可能な分子軌道法プログラムのテスト計算を実行している。氷のどの表面を考えるか(たとえば、(001)面と(100)面)によって、拡散の障壁エネルギーに違いが見られたが、まだ十分な定量的な評価には至っていない。拡散係数を得るためには、障壁エネルギーだけではなく前指数因子を求める必要がある。そこで、分子動力学法のプログラムを利用した「熱力学的積分法」による自由エネルギー計算の検討を行った。 今後、氷の構造モデルの作成と並行して氷表面との分子の相互作用の計算、さらに疑似粒界構造として2枚の氷表面に挟まれた分子と氷表面との相互作用の計算を行い、本研究の目的である粒界拡散の計算を実行する予定である。
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