氷中の物質の粒界拡散に関しては、氷床コアの中の物質移動を考える上で重要であるが、実験的にも理論的にもほぼ手つかずの状態である。本研究では氷の粒界拡散の理論的な取り扱いのため、分子軌道法と分子動力学法の複合的な計算を行うものである。実際には(1)構造モデルの作成と(2)計算に取り組んだ。 (1)構造モデルの作成に関して、氷の構造にはアイス・ルールと呼ばれる水分子の配列の規則があるため、周期的境界条件を満たすモデルの作成は困難である。そこで、アイス・ルールおよび周期的境界条件を満たす、任意の大きさの構造モデルの作成プログラムの開発に取り組んだ。氷結晶中の個々の水分子は6通りの配置を取り得るので、N個の系では6^N通りの配置から上記の条件を満たす配置を探索するプログラムを作成したが、ごく小さな系を除いて、意図した構造を得ることができなかった。また、初期構造の周期的境界条件下での構造最適化を非経験的分子軌道法プログラムのGaussian03を用いて試みたが、プログラム上の問題で収束しなかったため、結晶の構造データをそのまま利用した。 (2)(001)面どうしを組み合わせて擬似的に粒界層を作成し、その間にメタン分子を配置してその拡散の障壁エネルギーを求めた。周期的な境界条件では問題が生じたため課さなかった。水分子24個の層2層(計48個)を組み合わせた96個の水分子からなる界面構造で、メタンとメタンスルホン酸(MSA)の生成熱を半経験的分子軌道法プログラムのMOPACで計算したところ、後者の方が300kJ/mol以上も低く、MSAが大きな拡散係数を持つ原因と関連していると考えられる。分子動力学法による計算に関しては、周期的境界条件を満たす構造モデルの作成がその途上であるので、拡散係数の前指数因子を求めるための「熱力学的積分法」による自由エネルギー計算を実行する段階まで到達できなかった。
|